2009年12月10日 (木)

姫路城(5)

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西の丸は、本多忠政が息子の忠刻と千姫のために築かれました。現在は、渡櫓と長局、化粧櫓が残っています。
千姫は、徳川家康の孫で、7歳の時に秀吉の子秀頼と結婚させられましたが、秀頼が自刃した後、本多忠刻と再婚しました。

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長さ300mある回廊の百間廊下(長局)。

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廊下には、侍女たちが住んだ部屋が並んでいます。

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部屋から見た化粧櫓(手前)と大天守。

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化粧櫓の部屋では、貝合わせをする千姫達の姿が再現されていました。

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最後に西の丸から大天守を見て、姫路城を後にしました。

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2009年12月 1日 (火)

姫路城(4)

大天守から小天守を通って、外に出ます。

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水一門の隣で、ほの門の内側にある油壁。
姫路城の壁は、ほとんど白漆喰ですが、この油壁は、粘土に豆砂利を混ぜ、米のとぎ汁やもち米などと練り合わせて固めたもので、秀吉築城の際に作られたといわれています。

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姥が石。
秀吉築城の時、石集めに苦労していたことを耳にした貧しい老婆が石臼を寄付したところ、秀吉は大層喜び、これを石垣に使用しました。
この評判が広まって多くの石が集まり、城の石垣が完成したと伝えられています。

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姫路城の歴代城主の家紋が刻まれた紋瓦。

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左)ほの門から見た乾小天守。
右)にの門から見た西小天守。
左壁には、三角や四角の形をした狭間があり、ここから鉄砲や弓矢で敵を攻撃します。

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2009年11月20日 (金)

姫路城(3)

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備前丸から見た大天守と西小天守(左)。
姫路城は、大天守と3つの小天守(東小天守、西小天守、乾小天守)からなる連立式天守閣です。
この備前丸には、池田輝政の住居がありましたが、明治15年の火災で焼失してしまい、現在は広場になっています。

靴を脱いで大天守に入り、急な階段を上って最上階を目指します。

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五層七階建(地下一階地上六階)の最上階に到達。
中央には、長壁神社があります。
姫路城築城の際、城外へ移築されたましたが、神の祟りがあるとして、再び城内へ戻されました。

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左)天守閣から見た西側の景色。
右)南側の眺め。正面にJR姫路駅があります。

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東側には、市立美術館や県立歴史博物館が見えます。

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左)天守内には、古文書や絵画などの資料も展示されています。
右)東大柱。
大天守には、全長24.6mの大柱が東西に2本あります。

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左)鉄砲や槍を掛けるための武具掛。
その上には、火縄や玉入が掛けられていたそうです。
右)石落とし(武者落し)。
敵が石垣に近づいたり、登ってきた時に、石や熱湯、鉄砲や槍で攻撃するために作られたのものです。

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城下町の模型。

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2009年11月10日 (火)

姫路城(2)

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左)正面登閣口を入って、最初に見える菱の門。城内最大の門です。
右)菱の門を通って左手にある案内図。

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三国堀から大天守を眺めます。
三国堀という名前は、城主池田輝政が播磨、備前、淡路の三か国の大名だったことに由来します。

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お殿様の姿も。

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左)いの門をくぐって右に進みます。
右)幅6.4mある「ぬの門」。

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ぬの門の手前には、「扇の勾配」についての説明書きがあります。

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お菊井戸。
播州皿屋敷のお菊が、皿を一枚無くした罪に着せられて、この井戸に投げ込まれました。その後、井戸からは「一枚、二枚・・・」と皿を数えるお菊の声が聞こえるとのことです。

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左)帯の櫓の階段を下ります。
右)すると腹切丸と呼ばれる帯郭櫓に出ます。
実際に切腹があったわけではありませんが、構造が切腹場に見えることから、腹切丸といわれるようになりました。

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備前門を通って備前丸に出ます。

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2009年10月31日 (土)

姫路城(1)

今回から姫路城について書いていきます。

姫路城は、播磨の守護職赤松則村が元弘3年(1333年)に砦を築いたことに始まります。
天正9年(1581年)には羽柴(豊臣)秀吉が三層の天守閣を築き、慶長6年(1601年)から8年かけては池田輝政が五層七階の天守閣を、そして、元和4年(1618年)には本多忠政が西の丸を築いて、今日見られる姫路城の全容が整いました。

白鷺が飛び立つ姿に似ている姫路城は、別名白鷺城とも呼ばれ、昭和6年(1931年)に国宝、平成5年(1993年)にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。

平成21年10月からは、約5年にわたる姫路城大天守の保存修理工事が始まりました。
そのため、工事期間中は、一部内部の見学ができなくなったり、大天守の姿が見られなくなったりします。
特に、平成22年(2010年)4月から素屋根で覆われ始め、さらに平成22年4月12日から約10ヶ月は、大天守内部への入場もできなくなるので、見学するなら今のうちかもしれません。

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左)JR姫路駅から徒歩約15分で姫路城のお堀に到着。
右)橋を渡って大手門をくぐります。

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左)広々とした三の丸広場。
右)「世界遺産姫路城」と書かれた石碑。

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左)三の丸広場からは、城を正面に捉えられます。
右)三の丸広場に沿って左に進むと正面登閣口に着きます。

ここでチケットを購入するのですが、もし姫路城のほか、美術館や動物園、好古園に文学館なども訪れるのであれば、「姫路観光パスポート」を利用すると便利です。

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「姫路城周遊コース」は一般800円で7日間有効。一冊で上記5ヶ所の施設に入場でき、他の施設の割引券や売店の5%割引券も付いています。
他に「姫路城・書写山周遊コース」(一般1500円)もあります。

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姫路城のパンフレット。

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