2006年7月20日 (木)

アエロフロート「搭乗券」

モスクワ・シェレメチェボ空港で発行された搭乗券は、かなり簡易なデザインの搭乗券でした。まあ、現在では、レシートのような搭乗券を出す航空会社もあるので、それを考えると良い方なのかもしれませんが。

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左の搭乗券は、モスクワ→バルセロナ、右の搭乗券はモスクワ→成田です。

航空券の表紙もソ連時代と崩壊後では、だいぶデザインが変わりました。

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これはソ連時代のものです。裏表紙には免税店の広告が印刷されています。

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こちらは崩壊して数年後のものです。時代の流れを感じます。

次の写真は、機内でもらったモスクワ市内の観光ガイドブックです。

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昔、私がモスクワ→ベルリンの便に乗った時、機内で配布されていた新聞や雑誌などはロシア語かドイツ語で書かれた物しかありませんでした。そのため乗務員に「英語はないのですか?」と訊いたら、一旦奥へ下がり、英字新聞と観光ガイドブックを持ってきてくれました。
「おお、モスクワ市内のガイドブックまでプレゼントしてくれるとは、何て親切なんだろう。」と喜んで、本をパラパラとめくってみたら・・・ドイツ語でした。
未だに読んでいません。

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オールカラーで写真入り。でも全ての記事を読むとしたら、一体何ヶ月かかることやら・・・。

さて、今回を持ちまして、この「アエロフロート編」は終了いたします。

現在、普通の航空会社へ変わりつつあるアエロフロート。まだ利用したことのない方は、アエロフロートらしさが失われる前に、一度体験してみたらいかがでしょうか。
「It’s another world.」が、皆さんの期待を裏切らないで出迎えてくれるに違いありません。

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2006年7月15日 (土)

アエロフロート「アメニティグッズ」

アエロフロートの長距離路線では、エコノミークラスでもアメニティグッズが配られます。
私が利用していた時期は、かなり充実した内容でした。

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赤を基調としたアメニティグッズ。歯磨きセットとスリッパが入っていました。

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こちらは白と青を基調にしたタイプ。歯磨きセット、櫛、靴下がコンパクトにまとまっていました。

機内誌はロシア語と英語で書かれたもののほか、日本~モスクワ路線では日本語の機内誌「オーロラ」が用意されています。

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ロシア語・英語版の機内誌。左は大阪の特集、右はモスクワ市創立850年記念の記事が載っていました。

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日本語版機内誌「オーロラ」。一般の記事の以外に、簡単なロシア語会話や単語、シェレメチェボ空港の乗り換え案内、機内販売のガイドも掲載されています。

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2006年7月10日 (月)

アエロフロート「機内食」

ソ連時代、アエロフロートの機内食は、一種類しかありませんでした。
そのことを知らなかった私は、機内食のサービスが始まった時、「肉にしようか、それとも魚にしようか・・・。」と悩んでいました。するとすぐに自分の番が回って来て、スチュワーデスさんは私に何を尋ねることもなく、無愛想にトレイをテーブルへ置いていきました。
「えっ!?何も訊いてくれないの?『フィッシュ?オア、ビーフ?』は?あっ!そういえば、前に座っていた人たちも、何も言われてなかったような気がする・・・。」
小さな事かもしれませんが、まさに西側との違いを見せつけられた瞬間でした。

さすが共産圏、選択の余地なし!

そんな思いを抱いたアエロフロート初搭乗時の出来事でした。

しかし、ソ連が崩壊してから、アエロフロートは徐々に変わり始めました。機内食は二~三種類から選択できるようになり、愛想も良くなりました。他の機内サービスも向上しました。でも、機内食に出続けていた黒パンだけは、どうしても私の口には合いませんでした。

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アテネ~モスクワ間の機内食。フラッシュが点かなかったのでわかりにくいのですが、カップの右側にあるのが黒パンです。

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機内食のメニュー。日本語、英語、ロシア語で書かれています。

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食事は「カレーライス、ハンバーグステーキ、うなぎ御飯」から選択できました。(日本語の部分を拡大)

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お洒落なメニューの表紙。

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搭乗した機体(エアバスA310又はイリューシン62)によって、メニューの内容が異なっていました。

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2006年7月 5日 (水)

アエロフロート「ホテル・選手村」

1980年に開催されたモスクワオリンピックの選手村を、トランジットホテルとして使用されたことがありました。

私はソ連時代に利用したのですが、当時は夕食が用意されていました。バスが選手村に到着すると、トランジット客は食堂のある建物に集まり、全員で食事をしました。詳しいメニューは憶えていないんですけど、当時のソ連としては、かなり充実した内容だったと思います。

食事の後は宿泊所にいって、各部屋に泊まります。一人旅の人は他の客と相部屋でした。
翌朝は、出発が早いからなのか朝食はなく、バスに乗って空港に直行しました。

果たして、この選手村の宿舎は、現在どうなっているのでしょうか?気になります。

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宿泊所は、2階建でした。

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2006年6月30日 (金)

アエロフロート「ホテル・ソユーズ」

ホテル・ソユーズは、空港からかなり離れたところに位置しています。

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ホテル・ソユーズの入口。

1階には両替所やレストラン(バーだったかな?)、売店などがあり、売店の品物はそこそこ揃っていました。私が利用した時は、同じホテルに宿泊した他の日本人二人とスプライト1.5リットルを共同購入し、三等分にして飲んだ想い出があります。

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左)部屋は清潔でした。
右)窓から見た景色。

翌朝の出発便が早い宿泊客には、早朝にロビーでパンや果物、ジュース、お菓子などが入ったビニール袋の朝食パックが渡されます。

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朝食が入ったビニール袋を持って、空港へ向け出発。

なお、ヴィザの無い宿泊客は勝手にホテルの外へ出ることはできません。出ようとすると、係員に怒られますので注意しましょう。

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2006年6月25日 (日)

アエロフロート「ホテル・シェレメチェボ」

ホテル・シェレメチェボもノボテルと同様、空港の近くに建てられているのですが、内部はかなり違います。設備は期待しない方がいいです。
でも「共産圏」気分を味わいたい人には、堪らないホテルでしょう。

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左)ホテル・シェレメチェボ。
右)階段を登ると入口があります。

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部屋の様子。窓からは、空港が見えました。

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ドアにあった注意書き。ロシア語と英語、フランス語で書かれてました。

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2006年6月20日 (火)

アエロフロート「ホテル・ノボテル」

モスクワで一泊する場合、利用する旅行会社によって異なりますが、ノボテルを手配されることが多いと思います。ノボテルはフランス資本のチェーンホテルで、日本にも2軒あります。シェレメチェボ空港の近くに位置しており、ロシアにしては近代的な設備が整い、建物内部は吹き抜けになっています。

ホテルには空港からバスで向かいますが、ホテルへの入口は綺麗な正面玄関ではなく、側面にある通用口から入ります。

中へ入ると部屋割りが行われ、係員にパスポートを没収され、代わりに部屋の鍵などを渡されます。
その後、荷物用エレベーターに乗ってトランジット客専用の2階へ行き、割り当てられた部屋に入ります。

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左)トランジット用の部屋。絨毯や扉などには、汚れや傷が目立ちました。
右)こちらは、ヴィザを取得した時に泊まった別の階の部屋。造りは同じですが、流石に汚れは無く、ミネラルウォーターも置いてありました。

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部屋から見たシェレメチェボ空港。

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建物内部は吹き抜けです。ヴィザありの宿泊者は、この1階部分で朝食を取ります。ヴィザなしの宿泊者は、立ち入り禁止です。

なお、このパターンのトランジット客はヴィザを持っていませんので、勝手な行動は許されません。廊下には監視カメラが設置されていて、軟禁状態に置かれます。他の階に行ってホテル内部を見学することもできません。
ただ、2階にはちょっとした売店があるので、そこで食料を調達できます。でも品数が少なく値段は高めなので、食料は日本から持参した方が無難です。
無料のドリンク券をもらえることがありますので、その時はこの売店で引き換えます。他の旅行者との触れ合いの場にもなりますので、顔を出してみたらどうでしょうか?(メンバーにもよりますけど)

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オレンジ色の紙がトランジットの券。その上が無料のドリンク券。右はカードキー。

翌日は、乗り継ぎ便の出発時刻によって違いがありますが、多くの人は朝早く電話で叩き起こされます。午前4時台のこともありますので、心の準備をしておきましょう。

朝食は、係員が部屋に持ってきてくれる場合と1階の食堂(吹き抜けのお洒落なところではありません!)で取る場合があります。人数が少ない時は部屋食のようです。食堂で朝食を取る時は、荷物を全部持って部屋を出ます。基本的には部屋に戻って来られないので、忘れ物をしないようにしましょう。
パスポートは部屋を出て階を降りる前に返却されます。
食事の後は通用口に集合して、バスに乗り空港へ向かいます。

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部屋食のメニュー。トレイ右下に写っているのは、乾燥剤ではなく砂糖です。

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2006年6月15日 (木)

アエロフロート「トランジット・ホテル」

アエロフロートの場合、就航都市は多いのですが、モスクワで同日に乗り継げる便は限られています。そのため、経由便以外の人のほとんどが、翌日の便で目的地へ向かいます。
つまり、モスクワで一泊しなければならないのです。空港で一晩過ごす人もいますが、多くの乗客は空港近くのトランジットホテルに宿泊します。

ホテルを利用する人は、飛行機を降りた後、トランジットの手続きをして、21番ゲート付近に集合します。しばらくすると、係員がやって来ます。日本→モスクワ便が複数便飛んでいる場合は、次の便が到着するまでひたすら待たされることもあります。

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空港で寝泊りするなら、この2階部分がいいかも。眠っている間に荷物が盗まれないよう注意。

基本的には宿泊ホテルごとに案内されるので、係員が自分の宿泊するホテル名を言っているかどうか、しっかり聞き取ります。不安な場合は係員に尋ねましょう。

その後、係員と一緒に1階へ下り、裏口らしき扉から建物外に出て、そこに待機しているバスやワゴン車などに乗り込み、ホテルへ向かいます。複数のホテルを回ることがありますので、降り間違えないように注意して下さい。分からない時は、運転手や周りの乗客に訊きましょう。

車を降りたら、ホテルにチェックインします。

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空港とホテルを結ぶバス。

なお、受託手荷物は最終目的地まで受け取れませんので、必要最低限度の荷物は機内に持ち込みましょう。

翌日、ホテルから空港に戻り、再度トランジットの手続きをして搭乗券を受け取ります。これがまた時間がかかる場合がありますので、心に留めておいて下さい。

総じて、アエロフロートのトランジットは、忍耐力を試されるシステムとなっています。心と時間に余裕を持ってご利用下さい。

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2006年6月10日 (土)

アエロフロート「モスクワ・シェレメチェボ空港」

アエロフロートでモスクワに向け日本を出発すると、シベリア上空を通り約10時間でモスクワ・シェレメチェボ空港に到着します。
シェレメチェボ空港は2つあり、基本的に国内線はシェレメチェボ1、国際線はシェレメチェボ2を使用します。日本発着便はシェレメチェボ2です。2007年11月には、アエロフロート専用のシェレメチェボ3が完成する予定です。

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左)機内から見たシェレメチェボ空港。
右)薄暗いターミナル。でも最近は、照明が明るくなったようです。

シェレメチェボ空港では、チェックイン時に預け入れた手荷物が引き裂かれたり、鍵が壊されたりして、中身が盗まれる事件が発生しています。当然のことですが、貴重品は入れないようにしましょう。

また、経由便や乗継便で他国へいく場合、たとえ同じ機体を利用することになっていても、一旦機外へ出なければなりません。その際は必ず全ての手荷物を持って外に出ましょう。

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左)出発便の案内板。
右)搭乗2番ゲート付近。ゲートは1番から21番まであります。

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左)明るい免税店。マトリョーシカ人形も売っています。
右)1番ゲート近くにあるお店。

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画面右上に「アイリッシュ・バー」の看板。ロシアなのに何故か「アイリッシュ」。

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免税店のチラシ。
なお、免税店のキャッチフレーズは、「It’s another world.」。色々な意味で「別世界」です。

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2006年6月 5日 (月)

アエロフロート「航空機・ボーイング737」

アエロフロートのボーイング737(B737)を初めて見た時は、
「時代が変わったようだな。アエロフロートがボーイング機材の導入とはな。」
と思ったものです。

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垂直尾翼に斬新なデザインが描かれているB737-400。

機体は座席が3-3のナローボディ。機内設備は他の航空会社所有のボーイング737と特に違いはありません。

現在はモスクワ以遠だけでなく、成田~モスクワ路線にもイリューシンやエアバスに替わり、ボーイング機材(B767)が採用されています。

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ウィーン~モスクワ間の機内の様子。

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2006年5月30日 (火)

アエロフロート「航空機・エアバスA310」

エアバスA310は、ソ連崩壊後に導入された西側の機材です。
東西冷戦が終わり、旧ソ連製の航空機に限定する必要性がなくなったため、後のアエロフロートは機体をエアバスやボーイングに切り替え始めました。

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エアバスA310。

拡大した写真で分かりづらいかもしれませんが、ソ連崩壊後はご覧のデザインで飛んでいました。その後、以前の青を基調としたデザインに戻ってしまいましたけど。

機体は座席が2-4-2のワイドボディで、スクリーンやディスプレイが付いて音楽サービスも利用できるようになり、やっと「標準」に追いついた感じです。

ただ、操縦士が西側の機材に慣れていないせいなのか、パイロットの腕は以前ほど上手とは思えなくなってきました。それが残念です。といっても、他社に比べたら水準は高いと思います。

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2006年5月25日 (木)

アエロフロート「航空機・イリューシン86」

イリューシン86(IL-86)は中距離路線を運行する通路2列のワイドボディです。

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イリューシン86(IL86)。

さて、みなさんはこの写真を見て、変わった所に客室の扉があるのがおわかりになるでしょうか?
出入り口であるこのドア部分は貨物室になっており、中へ入ると中央部分には客室へ通じる階段が設置されています。ボーディングブリッジを使用する場合は、通常の客室ドアから出入りするのですが、タラップで乗降するときは、この扉から乗り降りするのです。

私がこの扉を利用した時は、「おもしろい機内設計だなあ。」と思ったものでした。

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2006年5月20日 (土)

アエロフロート「航空機・ツポレフ134」

ツポレフ134(TU-134)は近距離路線で使用される機体で、座席は2-2のナローボディです。

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丸い窓が特徴のツポレフ134(TU134)。

この機種に限らないのですが、旧ソ連製の機体では、座席の背が前に倒れる構造になっています。着陸時にブレーキをかけ過ぎた場合、座席の背が「バタッバタッ」と倒れる光景を目の当たりにして、驚く方もいるかもしれません。何故座席をこのような構造にしたのかは不明です。何かメリットがあるのでしょうか?

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着陸後の機内の様子。写真右下の座席が前に倒れています。

また、アエロフロートでは、搭乗券に座席番号が記載されているのにもかかわらず、いつの間にか「自由席」になってしまうことがあります。

私は一度だけ、モスクワ発ベルリン・シェーネフェルト空港行きのツポレフ134型機で遭遇しました。
自分の席に座ろうとしたら、既に他の乗客が座っていて、
「あれっ?困ったな。どいてもらおうか?」
と近くの席で立ち止まって考えていたのですが、ふと、まわりを見回すと、なんか皆さん適当な席へ座っているように見えたので、
「あっ!これが噂に聞く『自由席』か!」
と気付いたことがありました。

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2006年5月15日 (月)

アエロフロート「航空機・イリューシン62」

今回から私が実際に搭乗し、かつ写真に収めた航空機のみをご紹介します。

かつて日本に乗り入れていた主要機種は、旧ソ連製のイリューシン62(Ilyushin IL-62)でした。長距離路線用で座席は3-3のナローボディ(通路一列)の機体です。離陸の際は、甲高いエンジン音が機内に響き渡り、「さあ、これから飛ぶぞ!」て感じがする航空機でした。現在では騒音規制の為、日本や西ヨーロッパでは見られなくなりました。

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イリューシン62(IL62)。

機内はシンプルな作り、というより「何もない」状態でした。モニター画面は勿論、オーディオ装置もありません。手ぶらで搭乗すると、退屈な時間を過ごす破目になります。また、荷物の収納棚が小さく、小型のスーツケースやバックパックでさえ座席の下に置かなければなりません。ただ、前席との座席の幅は、やや広かったのが救いでした。

このように設備面では今一つの旧ソ連製機材ですが、パイロットの腕前は空軍出身だけあって上手な人が多かったです。
旋回時にいつもより大きく機体を傾ける操縦をするパイロットに当たった時は、「腕がいいのはわかったから、普通に飛んでくれ~!」と思ったものです。

そんな中で、私にとって一番心に残った操縦がありました。
イリューシン62でアテネからモスクワ行きの飛行機に乗ったときのことです。

モスクワの空港へ着陸するため、通常の着陸と同様、滑走路上まで降下し、機体は「もう少しで接地するな」という体勢にまでなりました。でも、数秒経過してもなかなか車輪が地面に着こうとしません。
窓の外をジッと見ていたら、理由が判明しました。そう、パイロットは着地スレスレのところで、踏ん張るが如く、滑走路に対して水平に飛ぶ操縦をしていたのです。

ここで突然、「パチパチパチ!」とロシア人乗客を中心に機内で拍手が沸き起こりました。
すると間もなく、パイロットはエンジンの出力を下げて逆噴射をし、さらにスピードを落とし始めたのです。(普通は着地してから逆噴射を行います。)
そして、「コトン!」と、ほとんど衝撃を感じずに滑走路に着地。
その瞬間、

「うおぉぉぉー!」

と乗客の歓声が上がり、さらに拍手も大きくなって、機内のボルテージはピークに達しました。
これは、私にとっても、素晴らしい着陸でした。その為、私も他の乗客と同様に拍手をしたかったんですけど、羞恥心が邪魔をして、「心の中で」拍手をしていました。

ちなみに、近年利用したJALのパリ→成田の便に女子学生の集団が一緒に乗っていたのですが、飛行機が成田空港の滑走路に着地した瞬間、彼女達の内の数人が、
「うわぁ~!パチッパチッパチッ!」
と声を上げて拍手をしていました。

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2006年5月10日 (水)

アエロフロート「はじめに」

みなさんは、初めての海外旅行の時、どこの航空会社を利用されましたか?

私が最初の海外旅行(ヨーロッパ)で利用した航空会社は、アエロフロート・ソ連航空(現・アエロフロート・ロシア航空-Aeroflot )でした。何故この時アエロフロートを選んだかと言うと、航空券が安く、オープンチケットで、就航都市が多かったからです。

以来、2000年までの計7回、アエロフロートを利用してヨーロッパ旅行をしてきました。でも近年、他社の航空券が安くなり、マイレージ制度がかなり普及してきたので、最近はアエロフロートを利用しなくなってしまいました。

そのアエロフロートですが、2006年4月14日、以前から参加の準備が進んでいたスカイチームへ正式に加盟しました。これによってマイルが他社のマイレージプログラムに加算できることとなり、利用者にとっては、航空会社の選択の幅が広がったものと考えられます。私自身、今後ヨーロッパへ行く機会があれば、再びアエロフロートを選ぶかもしれません。

ところで、このアエロフロート、どうも一般的にはイメージが良くないようです。
私が初めて利用した際も、周りから

「大丈夫か?」

「抑留されるぞ!」

などと、よく言われたものでした。(さすがに今はそのようなことを言う人はいないでしょうけど・・・)

何とも不安な気持ちにさせられるアエロフロート。でも現実はどうなのでしょうか?

そこで次回からは、私が実際に利用したアエロフロートの航空機やモスクワの空港、トランジットホテルなど、それらにまつわる出来事を含めて、様々な体験を具体的にお話していきます。

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明け方のモスクワ・シェレメチェボ空港。

※注意!
この「アエロフロート編」に書かれる記事は、基本的に2000年までに体験した内容です。現在の制度、状況とは異なる場合があります。

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